札幌高等裁判所 昭和44年(ラ)32号 決定 1970年1月12日
抗告人 美栄興業株式会社
右代表者代表取締役 山川修
右代理人弁護士 大島治一郎
相手方 株式会社笠井商店
右代表者代表取締役 笠井信二郎
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
抗告代理人は、「原決定を取り消す。債権者相手方、債務者成田常忠間の札幌地方裁判所昭和四四年(ヌ)第八号不動産強制競売事件について、同裁判所が作成した配当表にもとづく配当手続はこれを許さない。」との裁判を求めた。その理由は、別紙記載のとおりである。
本件執行方法異議申立事件の基本事件である表記不動産強制競売事件の記録によると、つぎの事実が認められる。
右強制競売事件は、債務者成田常忠所有の家屋の強制競売を目的としたものであるが、その家屋には、右事件の債権者株式会社笠井商店の申立により、右債務者に対する売掛代金債権の保全のため、昭和四三年一二月一二日に札幌地方裁判所小樽支部において仮差押決定がなされ、同月一七日にその登記がなされた。ところで、右債務者は、この仮差押登記の前の昭和四三年九月九日に、右家屋について、国民金融公庫に対し抵当権を設定し、同月一二日にその登記をなし、さらに同年一一月三〇日に、抗告人に対し後順位抵当権を設定したが、その登記は、右仮差押登記のあとである昭和四四年一月一六日にこれを経由した。その後債権者株式会社笠井商店は、前記売掛代金債権につき仮執行宣言付支払命令を得て、昭和四四年二月一六日に本件強制競売を申し立て、競売開始決定の登記が同月二二日になされている。
ところで、右競売事件において執行裁判所は、手続の当初においては抗告人を利害関係人として取り扱った。もっとも、右競売事件の記録表紙裏の利害関係人一覧表には、抵当権者の表示を括弧で包み、備考らんにとくに「仮差押登記後」と表示して、利害関係人であることに疑いのない国民金融公庫とは表示のうえで区別しているようでもあるが、昭和四四年五月一三日には、同月二九日午前一〇時におこなわれる競売期日の通知をしており、実質的には利害関係人として扱っている。その後、同年六月二日に、札幌地方裁判所書記官が執行債権者と電話連絡した結果、執行債権は仮差押の被保全債権と同一の売掛代金債権であることを確認したが、なおその後である昭和四四年七月七日にも抗告人に対し同月二四日午前一〇時におこなわれる再競売期日(この期日は、第一回競売期日における最高価競買人が同月一九日に代金を納付したためおこなわれなかった。)の通知がなされている。しかし、その後の手続においては、他の利害関係人に対して昭和四四年七月二三日ごろに発送した計算書の提出催告ならびに同年八月四日の配当期日の呼出が、抗告人に対してはなされていない。ところで、抗告人は、右手続において配当要求をせず、かつ計算書も提出していない。執行裁判所は、同年八月一日に配当表を作成したが、抗告人を配当の対象に加えず、また右配当期日は、同月一五日に延期されたが、その期日のため同月一四日に作成された配当表にも、抗告人は配当の対象から除かれている。
以上の事実からみると、執行裁判所は、抗告人の抵当権は執行債権者の仮差押登記後に設定登記がなされたものであるから、仮差押の被保全債権と執行債権が同一であるときは、抗告人は右の抵当権をもって執行債権者に対抗できず、その被担保債権をもって配当に加わるには一般債権者として配当要求をすることが必要であるが、抗告人は配当要求をしなかったから、配当から除斥すべきものであると判断したことが明らかである。この判断は正当であって、執行裁判所が抗告人を配当に加えなかったのは正しい措置であったといえる。ところで、執行裁判所は、手続の当初において、抗告人を民事訴訟法第六四八条第三号の利害関係人として取り扱ったものと解される(抗告人は、同条四号の債権の証明および届出をしていないので、同号の利害関係人として取り扱われていないことは明らかである。)。しかし、右規定にいわゆる「登記簿ニ記入アル不動産上権利者」とは、その不動産について執行債権者に対抗することができる既登記の物権を有するものをいうと解されるから、抗告人のように、抵当権を有するにもかかわらず、その設定登記が仮差押登記後であることによって執行債権者に対抗できないため配当要求をしなければ配当に加われない者を右規定による利害関係人として取り扱ったことは、異論がないではないが、誤った措置であったといわなければならない。ただ、本件においては、執行裁判所は手続の当初から、抗告人が仮差押登記後に設定登記をうけた抵当権者であることを認識し、仮差押の被保全債権と執行債権が同一であるかぎりは執行債権者に対抗できないとの法理のもとに利害関係人一覧表に前記のような特別な表示をしたうえ、万一抗告人が執行債権者に対抗できる場合があるかも知れないと考えて、競売期日の通知をしたが、のちに右両債権が同一の売掛代金債権であることを確かめ、抗告人が抵当権をもって執行債権者に対抗できないことを確認して配当に加えなかったものであることがうかえる。したがって、執行裁判所が当初抗告人を利害関係人として取り扱ったこともある程度やむをえなかったと考えられるが、結果的にみれば間違いであったといわざるをえない。
しかし、利害関係人として取り扱われたことと配当をうけることとは別のことであって、執行債権者に対抗できない抵当権者は一般債権者としてしか扱われない以上、配当要求をしないかぎり配当に参加することはできないと解すべきである。もっとも、抗告人の主張するように、いったん利害関係人として取り扱われたものは、配当要求がなくても当然配当に加えられるものと信頼するから、その信頼を保護して配当すべきかが、なお問題となるであろう。しかし、執行裁判所としては、進行する手続の途中において誤りを発見した場合に、それを信頼した者を保護するために誤りを貫徹することは、正当な手続によって配当に加えられた他の債権者に対して不利益を強いることになって、かえって債権者間の公平を害する結果になる。抗告人は、この点について、強制執行は一種の清算手続であるから、債権者は本来すべて配当に加えられるべきであり、債権の発生原因の判明した者は当然に配当に加えるべきであると主張するが、もしこの主張をとるとすれば、執行裁判所がたまたま存在を知り得たすべての債権者を配当に加えなければならなくなるであろう。配当は平等主義の建前にそっておこなわれなければならないが、それは正当な手続によって配当に加えられた債権者間の平等がはかられなければならないことを意味するのである。本件において、執行裁判所が、配当の段階に至って、単に一般債権者としてしか配当に加われないのにかかわらず、およそ配当要求と目すべきなんらの行為をしていない抗告人を、それまでの誤った取扱いをあらためて、配当から除いたことは正しい措置であったといえる。ことに本件においては、抗告人は利害関係人として競売期日の通知をうけたことによって、競売手続の進行を知ることができたのであって、他の一般債権者よりたやすく配当要求する機会を与えられていたともいえるのである。抗告人は、その自認するように金融業を営んでおり、ある程度の法律的知識を有していたため、かえって、およそ競売開始決定登記前に設定登記を経由した抵当権者は前記のごとき仮差押の登記のある場合であると否とにかかわらずすべて配当要求なしで配当をうけられると軽信して、執行裁判所に自己の立場を確かめなかったふしもうかがわれるのであって、自己の権利を守るうえで決して過失がなかったとはいえない。もとより、執行裁判所の手続当初の誤った取り扱いに信頼したことによって、抗告人がなんらかの損害をうけたとすれば救済されるべきであるが、それは配当手続とは別の手段によって争うべきものであって、他の債権者の犠牲において抗告人の利益をはかるため、執行裁判所が配当の段階に至ってもなおそれまでの誤った取扱いを続けることはゆるされないというべきである。
結局、執行裁判所の配当手続に違法の点はなく、原決定は相当で、本件抗告は理由がないからこれを棄却する。抗告費用について民事訴訟法第九五条第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 原田一隆 裁判官 神田鉱三 岨野悌介)
<以下省略>